愛に導かれて
 
 
 

福田美穂

 幼少時は自分と自然との境界がありませんでした。幼稚園の1年目の誕生会で誕生月の子どもが大きくなったら何になるかを言う時に、私が「大きくなったらちょうちょうになる。お空をとべるから」と言ったら皆が笑ったのを覚えています。

 小さいころから人の手伝いをして喜ばれると自分がとても元気になるのを感じていました。私の父は整形外科医ですが、患者さんの痛みがとれて喜ばれたことを」いつも嬉しそうに話していました。私は内科の医者になったのですが、最初に受け持った患者さんは膵臓ガンの方で、ガンが見つかったときには既に治療法がなく、現代医療の限界とむなしさに直面しました。家族と話し合って告知はしないことになっていたので、毎日患者さんから「先生、私はガンなのですか?」と聞かれると、「いいえ、ガンではありません」と答える日々で、患者さんは亡くなってしまいました。先輩に「内科は墓守」といわれて大変ショックを受けました。実際それから私はたくさんの患者さんの死に立ち会い、人はどうして生まれて死ぬのだろうかと考えざるをえませんでした。どんなにコントロールしようとしても死はコントロールできない領域にありました。神とその人との契約の領域でそこに他人は立ち入ることができない神聖ささえ感じていました。私の元気の源はなくなりました。人の役に立っているとはどうしても思えなかったのです。私はそれから10年間無力感にさいなまれました。

 病気の本当の原因は何であるかをどうしても知りたくなりました。自分の奥深くから突き動かされる問いかけでした。わたしは大学院に行って病気の原因を研究しようと思いましたが、人間に体を遺伝子解析をしてもそこに本当の原因は見いだせませんでした。生老病死にかかわらず普遍の宇宙法則があるはずだと片っ端から膨大な書物を読破しました。心のよりどころを求めて瞑想をしたり気功を習ったり、世界各種いろいろなヒーリングを学びました。私は何度も医者も大学院もやめようと思いました。背骨を骨折したり、自律神経失調症になったりして6ヶ月間の休学を2回したあとに大学院を卒業しました。その間に私はたくさんの神秘体験や癒しを体験し、それらは人生に大きな影響を与えました。その中の一つに臨死体験があります。

 ある日の午後、瞑想状態で横になっていると「死の恐怖を超えるという課題がきた」という直感と共に私は呼吸困難になりました。恐怖と苦しみでもがき暴れた後、意識が別の状態になって私は真っ暗な静けさの中にいました。あたり一面から今まで嗅いだことのない、花のようなとてもいい匂いがしていました。そして何か存在の気配がしました。それは今までに私が亡くなるのをみとってきた患者さんたちが皆で私を迎えにきていたのです。患者さんたちの魂は皆、「自分の人生の最後のひと時に先生と会えてとても楽しかった。あの時はどうもありがとう」と言っているのでした。私は本当にびっくりしました。

 その時、病気を治す側も治される側もない、魂同士がただ出会えてよかったと喜ぶ、平等の世界を体験しました。それから私は暗闇から光のほうへ移動し光に包まれて、光の雲の上でたくさんの今私が知っている人たちの魂と再会しました。そこでは皆天使でした。皆で宇宙や地球をどうするかという計画を立てている情景を体験して生き返りました。『導かれ、生かされている』という感覚でした。

 私が今日みなさんに伝えたいのは、人生で最悪に思える時も、全てに見放されたと思うときも、いつも、本当はレッスンに気づくために私たちは導かれているというこの確信なのです。これからは生きる楽しさ、喜びを皆と共に分かち合って精一杯生きて生きたいと思います。ありがとうございました。

 

福田美穂

 
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